車はなぜ透明になったのか|いつか、自在 第一篇「透明な席」
光学迷彩は、私の代表作として紹介されることが多い。発表から四半世紀以上たったというのに、「透明マントを作った人」と言われることもある。30代の頃は、なぜ今の研究を紹介してくれないのかと不満で、取材を断ったこともあった。けれど40を過ぎたころから、少し肩の力が抜けた。古い代表作でも、この分野に興味を持ってもらう入り口になるのなら、それはそれで大切だ。今はそう思って、受けるようになった。
たしかに、再帰性反射材をまとった布に背後の景色を投影すると、そこにあるはずの身体が透けて見えるという体験は色褪せない面白さである。私が博士課程を過ごした舘研究室の参考文献だった「攻殻機動隊」に登場した熱光学迷彩は工学的観点からも絶妙なネーミングだった。
けれど、研究としての光学迷彩は、ただ「消える」ための技術ではなかった。大事だったのは、見え方を変えることだ。
目の前に何かがある。その向こうは、本来なら見えない。それでも、観察者の位置に合わせて向こうの景色を表面に返せれば、人はそこに透明性を感じる。物体が消えたわけではない。その物体が、その人の視界の中で、遮蔽物ではなくなる。
ルネ・マグリットが「人間の条件」で顕にしたように、認知的な透明性とは物性論ではない。視点と背景との関係であり、情報論である。
ガラスは透明だが、曇れば見えなくなる。空気は透明だが、霧になれば向こうを隠す。逆に、不透明な車体でも、向こうの景色を正しく視認できれば、人はそれを透明だと感じる。
我々がかつて取り組んだ透明コックピットも、この延長にあった。車のピラーや後部座席や床は、運転者の死角になる。ならば取り除くのではなく、内側から透明に見せられないか。車外のカメラの映像を、車内の再帰性反射材に投影する。車という構造を保ったまま、人間の視界の中だけで死角を減らす。この技術はその後京セラのコンセプトカー「Moeye」にも活用された。
では、自動運転が当たり前になった時代に、透明コックピットはまだ必要だろうか。一見、必要なさそうに思える。車が自分で走るなら、人間は前を見ていなくてもよい。
けれど、完全に任せることと、何も見なくてよくなることは、同じではない。自分で運転している人は、同じ揺れの中にいても、同乗者より酔いにくい。次に曲がる、止まる、加速する。その予感を身体が先に持てるからだ。
車が急減速する。知らない道へ曲がる。誰もいないように見えるのに、止まる。そのとき人間は、理由を知りたくなる。音声で『歩行者を検知しました』と言われても、どこにいるのか見えなければ、身体は少し遅れて不安になる。人は、操縦しなくなっても、見たい、予見したい。
透明コックピットは、運転者のための技術から、同乗者のための技術へ変わっていくのかもしれない。車が見ている世界を、人間にも少しだけ分けるための窓として。そのとき透明になるのは車体だけではない。機械に任せている、というその事実も、少しだけ透けて見える。
以下は、そのことを考えるための短い物語である。
透明な席

自動運転が当たり前になってからも、車の窓はなくならなかった。むしろ増えた。ドアの内側も、足元も、天井も、必要なときだけ薄く透けた。旅行中は建物名や昔の地形が景色に重なり、遠隔会議では窓が相手の部屋の奥行きを持ち、子ども向けの上映では天井まで小さな宇宙になった。
ハンドルは収納され、アクセルもブレーキも床から消えた。それでも人間は、目を閉じて運ばれることには、最後まで慣れなかった。
古い交通博物館の地下収蔵庫に、その試作車は残っていた。TC-04。透明コックピットの第四世代試作機。外から見ると何の変哲もない白い小型車。
少し丸みのある車体。厚めの後部座席。太い配線の束。今の自動運転車のような向かい合わせではなく、運転席はまだ前を向いていた。後席から見えるのは、向かいの人ではなく、運転者の背中だった。内装には、落ち着いたダークブラウンの再帰性反射材が貼られていた。天井、床、後部座席、左右のピラー。光が当たると、そこだけ道路標識のように白く返った。
「解体前に、ご遺族に確認していただきたいものは、こちらです」
案内役の若い職員が言った。澪はうなずいた。
父の名前は、所有者欄に残っていた。有村修司。透明コックピットの初期評価に参加した技術者。研究者というより、実験車両を何度も運転し、映像のずれや遅れ、視界の違和感を報告する役割だったらしい。
父は運転がうまかった。少なくとも、子どもの澪にはそう見えていた。だが記録には、別のことが書かれていた。
「被験者A。免許取得後、日常運転頻度は低い」
ほとんど運転しない人が、透明な車の実験に呼ばれた。父はそれを、面白がっていたのだろうか。
「起動します」
職員が端末を操作した。古いプロジェクタのファンが小さく唸った。天井灯が落ち、車内だけが淡く明るくなった。
プロジェクタの光がダークブラウンの内装に届くと、表面のガラスビーズが細かくきらめいた。暗い茶色は暗い茶色のまま、プロジェクタに照らされたところがほのかに光る。座面の輪郭が、少しずつ背景へほどけていった。
後部座席が、消えた。いや、消えたように見えた。
座席の向こうにあるはずの白線と、コンクリートの柱と、奥の展示車両が見えていた。少し暗く、少し粒が粗い。けれど、たしかに座席の向こうが見えた。
「今の車両より、解像度は低いです」
職員が言った。
「でも当時の記録では、この試作機が一番乗りやすかったそうです。透明すぎないから、と」
透明すぎない。澪はその言葉を、口の中で繰り返した。
いまの車は、もっと自然に消える。ピラーも床も座席も、まるで最初からなかったように景色に溶け込む。車が検知した危険は、透けた景色に淡い輪郭として浮かぶ。死角の自転車も、塀の陰の子どもも、車が気づいたものは人間にも共有される。澪はそれを便利だと思っていた。疑ったことはなかった。
「お父様は、この車に何度も乗られていたようです」
職員は資料を見ながら言った。それから、少し手を止めた。
「ただ、後部座席だけ、変なんです」
「変?」
「透明化の評価なのに、後席だけ、毎回、透明化を切っているんです。理由欄は、空白です」
澪は笑おうとして、できなかった。
家庭でも几帳面だった父なら、必ずなにか理由を書く。そういう人だった。